アーデルハイト・フォン・へルスブルックという女性がおりました。
彼女は夫とともに私たちの修道院にやって来られました。夫は、ハインリッヒといって修道院の建設のために多額の財産を寄進されました。
夫人は、まことに深い愛情をもって修道女たちに奉仕しました。彼女が、聖務に与るときはいつも修道院全体が歓びに溢れました。彼女は、死に際して、修道院の人々全員の前でこう言いました、
「愛する皆さん、皆さんにお話ししておきます。ニュルンべルクにいた頃、夫は私にこの修道院に入るよう申しましたが、私はそうしたいと思いませんでした。その後、聖ゼーバルト司教座聖堂で、聖ドミニクスが私のもとへおいでになられましたが、それでもなお、私は拒んでおりました。すると慈愛の母なる聖マリアがおいでになられて、ここへ来るよう願われたのです。その代わりに聖母マリアは、私のいまわの際に、
『御子とともにあなたの前に現れることを誓いましょう。』
と、おっしゃいました。
皆さん、聖主がおいでになったとき、欠けることのないよう、私のそばにいて下さい。」
すると、その通りになりました。
キリストと聖母マリアがおいでになられて、彼女にお二人の麗しい御顔をあらわされました。そして、彼女に向かって、
「あなたは、選ばれた人々の一人となるであろう。」
と、おっしゃいました。
「私たちは、あなたに恵みを授けましょう。あなたの死の直前にもう一度、現れましよう。」
と、この時の会話すべてを彼女は、修道女たちに語り、お二人がどこに立っておられたかを示し、またどのような衣をまとっておられたかを話されました。
それから、彼女は言いました、
「皆さん、お二人がいらっしゃるとき、欠けることのないようになさって下さい。」
そして、その通りになりました。
枝の主日の前に、処女聖マリアのお告げの祝日3月25日のミサ聖祭が始まり、「感謝頌テ・デウム・ラウダムス」が、「われらは、永遠にあなたの御名を讃える」という詩句に至ったとき、聖主が内陣に姿を現されて、人々が歌い終わるまでそこにとどまられました。修道院の人々は一人残らず聖主の御前に身を屈めましたが、人々にはその姿までは見えませんでした。ただ、修道院長一人だけが30歳ぐらいの聖主のお姿を眼にいたしました。
「感謝頌」が終わると、聖主はかねてからのお約束通り、内陣から施療院の修道女のもとへ赴かれました。
すると、へルスブルックは、大声で叫びました。
「聖主がいらしゃいました。聖母マリア様とご一緒に。」
修道女たちは皆、聖主の御前の床に身を投げ、死にゆく彼女に、
「この修道院のために聖主に祈って下さい。」
と、願いました。
彼女は、恍惚となりわれを忘れ、聖主といかにも優しげに言葉を交わし合いました。人々には、彼女が語りかける言葉はよく聞こえましたが、聖主の御言葉は聴き取れませんでした。
彼女がわれに返ったとき、人々は、
「この修道院のために祈って下さいましたか。」
と、尋ねました。彼女は応えました、
「聖主は、皆さん全員を十字のしるしで祝福なさいました。」
こう言い残して、彼女は聖なる最期を迎えられました。
【 参考文献 】
中世思想原典集成15「女性の神秘家」
上智大学中世思想研究所
/編訳監修:冨原眞弓 (出版:平凡社)
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著者:Joanne del apocalypse
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