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著 者: John del apocalypse
 アーデルハイト・フォン・ロートと言う未亡人が、幼い娘たちをともなってエンゲルタール修道院にやって来られ、修道女となりました。
姉娘の方は、イルメリーンという名前でした。神は即座にこの姉娘に心を留められ、彼女に奇蹟をあらわされ始めました。

 ある日のこと、イルメリーンは、他の子供たちとともに四旬節の食卓に着いていました。このとき、彼女は12歳でした。子供たちの師が、立ち去ると他の子供たちは話を始めましたが、不意にイルメリーンが倒れて気を失ってしまったのです。彼女が、再びわれに返ったとき、子供たちは、
 「いったいどうしたのですか。」
 と、尋ねました。
 すると、彼女は言いました、
 「ああ、みんな、食卓では口を利くものではないわ。私は、とても恐ろしい悪魔を見ました。その悪魔が、みんなのおしゃべりしている言葉を書き留めていたので気を失ってしまったの。」

 イルメリーンが祈るときは、信仰心のあまり、正気を失った人のように熱烈でありました。誰かが話しかけて、
 「祈りをやめて立ちなさい。」
 と、言うと彼女はこう応えるのでした、
 「ああ、みんな、どうして私のこの大きな恩寵の邪魔をするの。」

 彼女は、生涯を通じて鑑(かがみ)でした。そして、まことに厳しい生活の規律を守っていました。
 さて、いつもの習慣通りに司教様がおいでになり、主を讃える聖体降福式の時が来た折に、彼女は聖体を拝領をしました。
 この日彼女が食卓にやって来ると、主が御使いとともに食堂に入って来られて、彼女の前にお立ちになり、いかにも優しく語りかけられました。食卓の向かい側にいた人々は皆、誰と話しているのかと不思議そうに思っていました。主の御言葉は、彼らには聞こえなかったからです。

 また、他の人たちと一緒に楽しく過ごしていると、いつも彼女は天を仰ぎ、頬を赤らめながらこう言いました、
 「ああ、私たちが永遠の生命と喜びに至る時は、いったいいつ訪れるのでしょうね。」
 そして、彼女は悲しくなり、そのあと笑わなくなってしまうのでした。

 こういうことが実に頻繁に起こっておりましたので修道女たちは、
 「何を考えているのですか。」
 と、尋ねました。彼女は応えて言いました、
 「皆と一緒に楽しんでいると、いつか私たちに訪れる天の数えきれない永遠の歓びのことを考えてしまうのです。それで、ご覧の通り自分を抑えきれずに悲しくなってしまうのです。」

 イルメリーンは、まるで天の園の薔薇のごとく、ありとあらゆる美徳の花咲かせ、松明(たいまつ)のごとく、神への一途な愛に燃え上がっておりました。彼女の評判は、神の前にも人の前にも、まことに高いものでした。
 この至福なるイルメリーンは、後に聖徳の芳香に満ちた修道女となりました。彼女が臨終を迎える際、聖なる人ウルシャルク司祭は、祈りの言葉を唱えていたおりました。
 その時、施療院を囲むように白い鳩が、屋根の上をはじめ、庭先一帯の地面が見えなくなるほどたくさん群れている様子を眼にいたしました。それで彼は、
 「これらの鳩は皆、いったいいつやって来たのだろう。」
 と、不思議に思いました。
 しばらくすると、人々は板を叩き、亡くなる人の印を刻みました。彼は、はっと気がつき、それが、彼女の聖なる生涯ゆえにもたらされた奇蹟だとわかったのでした。急いで彼女の死の床へ赴き、亡くなるまで枕辺にとどまりました。

 イルメリーンには、クーニグントという妹がおりました。彼女もまた、まことに厳しい生活を送っていました。クーニグントは、手足が麻痺したので誰かが枕辺に行って、贖罪(しょくざい)のための鞭打(むちうち)ちの行を施してやらなくてはならなりませんでした。

 しかし、まだ健康で副院長を務めていた頃、彼女は正義をたいへん尊んでおりました。このため神の御心に背いたり、修道会(聖ドミニコ会)の規律に反したことを何ひとつ赦そうとはしませんでした。そのため彼女への非難やはなはだしい中傷をこうむることとなりました。親しい友人たちが、
 「大目に見てあげては、どうですか。」
 と言うと、彼女はいかにも優しい笑いを浮かべてこう応えました、
 「私の心の前には、一枚の壁があるかのように思われます。他の人がそうされたら、私自身にそうするよりも私には悲しいことなのです。」

 さて、クーニグントの臨終が近づき、病いゆえに特別な部屋に移されてからのある日、彼女の許に修道院の人々から煮凝りで固めた魚料理が届けられました。
 彼女は、それを食べて、
 「もっと食べたい」
 と、思いました。
 すると彼女の深皿の中に、またとないほど美しい魚が届けられました。こうして彼女は、神の恩寵によって自分の願いをこの上なく叶えられたのでした。彼女は、神に感謝を捧げ、喜んでこの魚を食べました。
 神が、彼女のこの世の苦しみに終止符を打たれる時がやって来ると、彼女は言いました、
 「ああ、なんと悲しいことでしよう。」
 すると、これに応えて、神の大きな声が響きました、
 「悲しいとは、よい言葉です。悲しいとは、美しい言葉です。悲しいとは、幸いなる言葉です。」
 神の声に、彼女はいっそう悲しみを覚えて、主の聖体を求めました。
司祭がおいでになり、聖体を授けると彼女はそこに居合わせた修道院の人々にもよく聞こえる声で、歓びに顔を輝かせながらこう言いました、
 「聖主よ、聖主は、ご自身でここへおいでになり、私にその麗しい御顔(かんばせ)を現され、私に大いなる歓びを授け、私の心を平安で満たし慰めて下さいました。それでも私は、主の聖体を拝領したいのです。」
 こう言って、彼女はこの世に別れを告げ、聖なる生涯を終えたのでした。

 この二人の姉妹の母は、信仰心篤い人でこよなく聖なる生涯を送りました。
 彼女は、修道会の規律を人がなすべき通りに厳しく守り通しました。彼女は、たゆまず聖務共唱へ赴き、いつも沈黙を守り、食事と終課のあいだ以外は、毎日鞭打ちの苦行に励み、30年間というもの肉をいっさい口にしませんでした。
 聖主が、彼女をこの地上からお連れになろうと思し召したとき、聖主は、彼女に死の時を告げられましたが、2,3週間それを引き延ばされました。すると、彼女は天を焦がれてこう言いました、
 「なんと、長くかかることでしょう。」
 時が来て、終油の秘跡を授けられたとき、彼女は祈りながら座っていました。そして、そのまま彼女の魂は、天に昇っていきました。

 死後、彼女は再び現れて、
 「30日間、神の御もとに行けずにおりました。」
 と、語られました。
 「なぜなら私は、自分が “ フラウ ” という敬称で呼ばれるのを許していたからです。私の縁者が、落ちぶれたときに悲しんだからです。しかも、名誉を授けられたいと望んでいたからです。さもなければ、滞りなく、まっすぐ天に向かえられたでしょう。」
 
 彼女の墓を開いて、その遺骸の傍(かたわら)にもう一人の遺骸を納めようとしたとき、人々はそこに油の泉を見つけました。これはそのとき、その墓にやって来た全員が目撃した事実です。


 【 参考文献 】
 中世思想原典集成15 女性の神秘家
 上智大学中世思想研究所
 /編訳監修:冨原眞弓 (出版:平凡社)


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  著者:Joanne del apocalypse
  ▼URL「ヴィジョン・幻視」
  http://baramado.info/vision/
  ▼URL「セイントストーリー」
  http://baramado.info/sts/
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アーティクルリソース:http://www.viralarticle.com/

 

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