NO-3[「この世で 最も尊いものは 命 では無い」
では「命より大切なものは何か」
「いじめをなくそう」と叫んでも,古今東西,何千年も昔から,「いじめ」は
存在し,これからも,ゴキブリの如く生き続けます。
同じく,
題目を唱えるだけでは「命を大切に」される社会になるわけがない。
なぜなら誰にとっても,「命が 最も大切なものではない」からです。
「あなたはスパゲッテイ状態」や「大根洗濯式入浴タイム」を是として
受け入れ。 それでも生きていたいですか?
私なら「早く殺してくれ」と思います。
其処に「生命あるもの」という「認識」が欠損しているからです。
「尊び」とか「尊厳」とか言われますが,凡そ植物であれ,動物であれ,
命あるものに対し「畏れ」とか「敬意」を抱かずに,「生命あるものへの
品格」というものに 対する「認識」を持たずに,物体に接した場合,
当然,自己の都合や利害を映写機として 被写体を写し撮り,レンズの
向こう側は単なる,材料でしかないという事になります。
私達にとって,この有様の逆転が起こった場合,自分が被写体に
なるわけですから,恐ろしい結果になります。二者択一なら,
加害者にならざるを得ません。
結果,「命が一番大切」なのではなく,
「命あるものに対する【格】の認識」が
最も大切なのだという事なのです。
「尊厳」などと大げさな言葉でなくても,生けとしいけるものが,
「はるかな太古からの生命あるもの」として認識され,固有の「格」を
尊重され「理不尽」な理由や,手段で,その「格」が脅かされない
権利が最も必要です。
「営々と生きてきた生命としての品格」を認め社会全体が敬意を
払う事が肝要では無いでしょうか。。
昔はこれを「恥」という言葉で表した。
武士は「恥」を「死」であがなった。
命よりも「恥辱にまみれる」事の方を畏れた。
今日「恥」という言葉は賞味期限が切れて,政界も財界も破廉恥な
事件ばっかりだが・・
いまこの「恥」という言葉を,「尊厳」とか「品格」という言葉に置き換えて
みれば, 案外,具体的なイメージが湧くのではないか。
自分以外の生けとし生けるものの「尊厳」を見つめた場合,
「命の大切さ」が,其処から生まれることに気付くだろう。
むやみな「殺生」や「理不尽ないじめ」がいかに自分自身を汚しているか
に気付くのではないか。
「私は私の言論の自由を絶対保持する,よってあなたの言論の自由を
命がけで護ります」というのが,民主主義の基本理念であるとするなら,
「私は,私の品格を貶めようとする者を許さない,よって,あなたの品格を
侵そうとする者に,断固反対する。ということが,生命体の塊である
地球人の理念であると思うのです。
さすれば,必然,命は尊ばれる事でしょう。
writen by MasuKoizumi: infokarez.com
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